北海道文化芸術アーカイヴセンター(仮)設立に向けて
2023-02-25
■ はじめに アーカイヴをめぐる冒険
この企画書は、2022年12月に古家のFacebookで初めて公開しました。次いで、これまでお付き合いがあり、企画に関心をもっていただけそうな方にメールでもお送りし、多くの方から賛同と励ましの声をいただきました。ただ、大風呂敷を広げたため、どこまでやるのかイメージがわかない、という声もありました。そこで理念やビジョン、ミッションは生かしつつ、ここに「企画書ver.02」として論点を整理しました。どうやって実現するの?という問いに、私なりの答えを用意しました。
その多くは妄想のレヴェルです。でも現実を離れて冒険の旅に出なければどんな変化も起きません。2023年は、アーカイヴの重要性を感じている人たちと意見交換する機会を、さまざまな手法で持ちたいと思います。どうぞアーカイヴをめぐる旅を、温かく見守ってください。 (2023年1月記)
■ 理念 歴史を語って未来を紡ぐ
文化芸術活動の総体を記録することは容易ではありません。作品(モノ)を残すことも必要ですが、作品がどのような過程でつくり出されたか、どれほどの価値があるのか、時代に応じてどんな潮流が生まれ、どんなプロジェクトが試みられたかなどの事象(コト)は、意図して語らなければ伝えられません。どんなに有意義な話も、拝聴するだけでは消えていきます。コトを語り合い、テキスト(記録、エッセイ、批評、論考など)として記述することで、初めて未来へ受け継がれます。その点で、文化芸術に関するテキストは、社会の共有財産(コモンプロパティ)であるとも言えます。
文化芸術活動は1990年代あたりから急速に専門分化・多様化し、またウェブ上に情報があふれるようになり、各分野の通史を記述することが難しくなってきました。総括的な記録保存(アーカイヴ)がなされていなければ、いくら「北海道の文化はスゴイ!」と自賛しても説得力は得られず、再発見もありません。文化芸術活動のアーカイヴが十分に実践されていないことは、ある意味で北海道の弱点ではないか。そんな思いが「北海道文化芸術アーカイヴセンター(仮)構想」の原点です。得意分野を持つ人たちがゆるやかに集い(共創)、未来のためのアーカイヴに持続的に取り組んでいく体制を整えたいのです。
■ ヴィジョン 文化の蓄積の豊かさを知る/伝える
北海道文化芸術アーカイヴセンター(仮)の活動は、それぞれの分野で行われてきた歴史記述の取り組み(【資料編】参照)を引き継ぎつつ、立場の異なる人たちが寄り合って新たな成果を積み重ねていくものです。それにより、大きく三つのことが実現可能です。
1 北海道に文化芸術の豊かな蓄積があることを、未来の担い手や関心を持つ人々に理解してもらう
2 包括的に記録保存することで、特定分野だけでなく文化芸術の総体への認識を新たにしてもらう
3 共創の精神に基づいて活動することで、文化芸術をコモンプロパティと捉える考え方が根づく
■ ミッション 開かれたアーカイヴと旺盛な発信、そして共創
アーカイヴする 時間軸で考えると「現在から未来へ」と「現在から過去へ」の大きく二つのベクトルがあります。前者はリアルタイムの文化芸術活動を記録していくこと。散在している多くの情報を日々記録し、可能な限りデータベース化します。後者は、同じく過去にさかのぼって情報を集積/統合する作業です。いずれも多くの人たちの力と、多種多様な「情報のありか」を知っている人の知恵が必要です。
発信する 情報を公開し、日々更新することが、すなわち発信です。しかし、個別のデータだけでは好事家の関心にとどまります。誰もが興味を持てる「読み物」が必要でしょう。センターの活動の一環で、新たなテキスト(記録、エッセイ、批評、論考など)を公開していきます。既存のテキストも、著作権者の了解を得て公開することを模索します。また独自のプロジェクトを立案し、成果をウェブやレクチャーのかたちで発表することも役割と考えています。
共創する こうして創り出すアーカイヴは「開かれたもの」にします。多くの人がかかわり、多くの人と連携する「共創」を掲げます。他者との連携、協働をアーカイヴセンター(仮)の得意技に。
■ 論点整理
以下のQ&Aには、具体的な活動のあり方に関する古家の妄想が多分に含まれています。ご注意ください。運営に当たっては、多くの人たちの意見を容れて方針を定めることにします。
1 モノではなくコトを集める
Q アーカイヴセンター(仮)は何を目指しているのですか。イメージがわきません。
A アーカイヴの対象と考えているのは、絵画や彫刻、書籍、写真、映像などの作品(モノ)ではありません。つまり、ミュージアムをつくるのが目的ではありません。手に余ります。では何を目指すのか。道内の文化芸術活動のテキストを集め「文化芸術の総体を知るための玄関口(ポータル)」を提供することです。さまざまなテキスト情報の「インデックス(索引)化」ですね。結果としてアーティスト(ヒト)に関する事柄についても、情報が集まることになります。場合によっては、テキストだけでなく書籍や雑誌、パンフレットなど資料の現物(モノ)も預けたいと希望する提供者が出てくる可能性もあります。電子データにできるものは一時的に保存できますが、積極的に受け入れるかどうかは慎重に検討します。
2 アーカイヴセンター(仮)のお仕事
Q 具体的にはどんな仕事がありますか。
A
【役割分担】
■アドヴァイザー:ナショナル/グローバルな視点で運営に提言。新たなテキストを提供する。
■顧問(ご意見番):運営のご意見番として提言。情報のありかを示し、新たなテキストを提供する。
■運営委員:運営方針を定め、サイトやサーバーを管理する。情報のありかを示し、新たなテキストも提供する。
■共同運営委員(維持会員改め):リアルタイムの情報をリサーチし、アーカイヴ構築の実務を担う。
■専門委員or研究員:情報のありかを示し、新たなテキストを提供する。「研究所」的な扱い。
【支援者】
■賛助会員:会費やクラウドファンディングの形で活動を支援していただく。
■アカデミズム:専門家の立場でセンターを利用し、時にテキストを提供していただく。
■企業/行政:メセナや助成金の形で活動を支援していただく。
【お仕事イメージ図】(のちほど掲載)
【サイトイメージ】(のちほど掲載)
【作業イメージ】(のちほど掲載)
3 カオスなデータベース
Q 【よろず検索】とはどんなイメージですか。
A 以下のような仕組みを考えています。
アーカイヴセンター(仮)が収集したすべての情報にインデックスをつけ、横断検索できるようにします。たとえば、#Aという美術家のキーワードで検索すると、Aさんの作品を収蔵する施設の一覧が出てくる。展覧会がいつどこで開かれたか。Aさんが書いた、あるいはAさんについて書かれた書籍やエッセイ、論考がいくつあり、どこで読めるかなどを知ることができます。現状では、これらは美術館や図書館などの資料を個別に調べなければ知ることができません。さらにAさんと接点があった音楽家Bさん、文学者Cさんがいれば、キーワード#B、#Cにもリンクを貼ります。A、B、Cさんはそれぞれ別分野に分類され、ふつうは同じデータベースに出てきませんが、こうした隣接領域も自由に行き来できる〈カオスなデータベース〉を想定しています。デジタル百科事典やWikipediaに近いものでしょう。
4 「はじめの記録係」になる
Q この手の活動は身元のしっかりした公的機関がやるべきなのでは?
A その通りでもあり、それだけではないとも思います。文化芸術の歴史そのものはパブリック(公的)な性格を帯びていますが、個々の創造的な行為は私的な欲求から始まり、結果が記録され、人々に記憶されることで初めて社会の共有財産になります。記録の正確さや確かな価値基準は必要ですから、活動していくなかで公共性を獲得していくことは必然かもしれません。でも「卵が先かニワトリが先か」。そのような公的機関の登場を、指を咥えて待っていては失われてしまう情報もたくさんあります。この破天荒な取り組みは「はじめの記録係」であり、すでに先人が記録した情報を見つけやすいように提示する「はじめの編集係」とも言えます。多少は雑に見えても、まずは動き出すことが肝要という思いです。
5 みんなでつくるアーカイヴ(ヒト、仕組み、カネ)
Q 時間も労力も財源も必要な活動だけど、どうやって維持していくの?
A まずヒト(人材)については、日常的に運営にかかわる「運営委員」が核になります。「できる人ができる時に」を原則とし、札幌偏重にならないよう、会議も極力オンラインとします。将来を見据え、できるだけ若いメンバーに参加をうながしたいと考えています。各分野で長年の蓄積がある人たちは「顧問(ご意見番)」として見識を生かしてください。アーカイヴの実体は、日々の気が遠くなるような仕事量によって維持されます。「情報を収集/提供する」「情報を入力/精査する」「テキストを提供する」「広報し、外部との間をつなぐ」などなど。だから「アーカイヴは大事」と考えながら、誰もが二の足を踏んできたのでしょう。「共同運営委員(維持会員改め)」として参画していただける方を広く募ります。
次に、アーカイヴの情報集積のための仕組み(インフラ)を考えなければなりません。膨大な一次情報を収めるデータベースと、そこから抽出・編集した情報を公開するためのデータベース―最低限、この二つの「器」が必要になると考えています。バックアップも考え、堅牢なシステム構築が不可欠ですが、スタートアップはレンタルサーバーでまかなうことになるでしょう。システムに詳しい人材求む!
そしてカネ(財源)については、取り組みの方向性が固まり、広く意義が理解されれば、公的資金や企業メセナ、クラウドファンディングなどに依ることは可能だと考えています。活動に関心を寄せてくださる方に賛助会員になっていただき、年会費をちょうだいしての運営も模索します。構想の趣旨と意義を丁寧に説明して協力いただくことが肝要です。
そもそも膨大な情報を網羅できるのか、という問いがあります。このようなスタイルを取る以上、分野や時代によって、偏りや不揃いがあっても致し方ありません。最初から凸凹のない「完璧な美しいアーカイヴ」は望みません。理想として掲げつつ、潔癖を捨て泥臭く「鈍感力」を身につけて進めましょう。
6 「北海道学」へ
Q アーカイヴセンターを設立して、最終的にどうしたいの?
A アーカイヴの活動には「終わり」はありません。個人・有志で始めたとしても、いずれは基盤のしっかりした組織(公立・民間を問わず)に引き継ぐことができれば、この構想の目的は達成したことになると考えています。個人的な理想を言えば、文化芸術にとどまらず、歴史、考古、科学、暮らし、スポーツ、政治、経済などなど、あらゆる分野でアーカイヴが活発に行われ、それをもとにした「北海道学」の機運が盛り上がることを期待します。ですが、それはまた別のお話。
■ 行程表(ロードマップ)
✔︎2022年12月 企画書ver.01作成。関係者に周知し、賛同者を募る
✔︎2023年2月 企画書ver.02作成(本稿)
2023年3月 賛同者による打ち合わせ(理念共有のためのブレインストーミング)
スケジュールと運営体制、具体的な活動内容の決定。運営委員を選任
2023年春〜 北海道文化芸術アーカイヴセンター(仮)の活動開始
時期未定 北海道文化芸術アーカイヴセンター設立
※春からは「活動開始」にとどめ、正式な設立は少し先延ばしします。
【資料編】文化芸術を記録する試み(敬称略)
吉田豪介『北海道の美術史』(共同文化社 1995)と前川公美夫『北海道音楽史』(私家版 1992/大空社 1995/[新装版]亜璃西社 2001)――この2冊は、北海道の文化芸術史を体系的に記述した貴重な本。著者の史観が定まっており、視点が一貫しています。
美術では、有志が刊行する『美術ペン』が創刊から56年を経て活動を続けています。また、公立美術館や芸術系の大学には紀要がありますし、北海道美術館学芸員研究協議会も美術史記述の試みを模索してきました。天神山アートスタジオは、主にアート・レジデンスで来道したアーティストの活動を記録する「アート&リサーチセンター」を運営しています。
音楽については、2005〜2011年に刊行されたクラシック音楽誌『季刊ゴーシュ』が、一定の役割を果たしたと言えるでしょう(手前味噌ながら)。
文学には、北海道文学館編『北海道文学大事典』(1985)があり、これ以降の動きを反映した『北の表現者たち2014:北海道文学大辞典補遺』も刊行されました。何より、1995年に開館した北海道立文学館(運営:北海道文学館)が、博物館としての役割をまっとうしています。
演劇は鈴木喜三夫『北海道演劇 1945-2000』が詳しいですし、映画・映像の資料は「北の映像ミュージアム」(1999〜)が収集してきました。
もちろん個人があふれる思い出をまとめたものや、単発のプロジェクトについての記録は、枚挙にいとまがありません。これらも貴重なアーカイヴのひとつと捉えることができます。
一方、文化芸術を網羅的に編年的に記録した媒体としては、「北海道年鑑」(1947復刊〜2002、1年間のあらゆる社会活動の動向・統計、各界人名録などを掲載)や、「札幌芸術文化年鑑」(1984〜2004、文化芸術分野の1年間の総括、特集記事のほか、展覧会公演のデータも)がありました。ことに札幌芸術文化年鑑の記録は貴重なものでしたが、両誌の終刊以降、継続的な情報収集は行われていません。